最後の登校日

子供達の学校も、今日で終わりです。
 
お友達と会うのも、これで最後。
 
 
子供達の寂しさを、少しでも軽減できたらと、前日、夫がパリの絵葉書をいっぱい買ってきました。
 
すでに切手が貼られていて、宛先のところには、長男と次男の名前、
そして私達のアメリカの新しい住所が書いてあります。
 
そして、
 
「明日、学校でお友達に、”僕にお手紙を書いてね”って言って、渡すんだよ。」
 
と言って、長男と次男に、絵葉書をあげていました。
 
 
なるほど、これなら、お友達からお手紙が来るのを待つ楽しみもできます。
 
ナイスな提案。夫よ、君もなかなかやるなぁ。
 
 
学校の送り迎えは、夫が朝のお見送り係で、私はお迎え担当でした。
 
私にとっても、これがフランスでの最後のお迎えです。
 
 
この学校は、規模は小さかったですが、長男も次男も良いお友達に恵まれ、
私も夫も、家族ぐるみでお付き合いできる友人達に出会うことができました。
 
 
思えば学校に通い始めた最初の2週間、恥ずかしがり屋の長男は、一言も学校で言葉を発しませんでした。
当時の担任の先生が(本当にいい先生でした!)辛抱強く、いつも明るく長男に接してくれた結果、
少しずつ心を開き始め、今では、すっかり学校大好きな男の子になりました。
 
 
次男も、フランスに来て、私がすぐに仕事が決まり、思いがけず2歳になる前から学校に通うことになり、
最初の数週間は、毎日号泣しながら学校に通っていました。
 
背中にしょっていたリュックサックも、当時の次男の背中には大きすぎて、
どちらかというと、リュックサックに背負われている感じだったのですが、
今ではもう、すっかり大きくなった次男の背中に馴染んでいます。
 
 
お友達とはしゃぐ長男と次男を見ながら、
2人とも、毎日頑張って学校に行って、3年かけて、自分の居場所を少しずつ築いていったんだなぁ、と思うと、
母はもう感動せずにはいられませんでした。
 
 
子供達のお友達や両親、先生達に別れを告げ、家路につくときも、
 
「この道で、私に叱られた次男が、怒りながら、来た道を逆走するのを必死で追いかけたなぁ。」とか
「この辺りで、いきなりどしゃぶりの雨が降って来て、角のカフェで雨宿りがてら、3人でお茶したなぁ」とか、
 
今までの記憶が走馬灯のように駆け巡り、ここでも母は感動しまくりでした。
 
 
それでも、子供達の前では、涙は見せまいとしていたのですが、
家について、長男が、お友達からもらってきたと、
クラスメイトと先生達のメッセージ付きの本をみせてくれた時点で、母、涙腺崩壊。
 
長男が「僕、お引越ししたくない。ずっとフランスにいたい。」と涙ぐんだのですが、
ここで母も一緒に「ママも引越ししたくないよぉ。」と、長男よりも愚図る始末。
母の威厳、そこに無し。
 
 
毎回、この“お別れ”の儀式だけは、本当に辛いし、何回引越しを繰り返しても、全然慣れません。
 
 
新しい土地に行けば、また新しい出会いや、たくさんの楽しい出来事が、私たちを待っていてくれている、
ということは、十分わかっているし、また、とても楽しみでもあるのですが、
やっぱり、みんなにさよならを言わなくてはいけない、この瞬間というのは、
とてつもなく寂しいものだなぁと思います。